映画館で守られないマナー、禁止された場所での喫煙に吸い殻のポイ捨て、電車待機列の割り込み、一時停止しない自動車、そこら中に捨てられるタピオカミルクティーの容器、フィギュアの転売、街のグラフィティなどなど、他人の自分勝手な行動を不満に思うことが僕はたくさんあります。
ただ、だからといってゴミ拾いをしたりはしないし、自分だってルールを破っていることがあるかもしれません。こういう僕のような自分のことは棚に上げて正義漢ぶっている人間(書いてて辛い……)がスーパーパワーを手に入れたらどうなるのか。
今回紹介する2作品は「ドラえもん」や「パーマン」の作者 藤子・F・不二雄が青年誌で発表した短編漫画です。
カイケツ小池さん&ウルトラ・スーパー・デラックスマン(※ネタバレ有り)
主な登場人物
小池さん
藤子不二雄先生の作品あちこちに登場するラーメン大好き小池さんです(ウルトラ・スーパー・デラックスマンでの名前は句楽兼人)。
今回の2作品では、ある日スーパーパワーを手に入れた小池さんがその力で自分の思う悪人を倒し正義のスーパーヒーローになろうとします。
感想:これをパーマンの作者が描いていたのかと思うとゾッとします
「なんのとくにもならず、人にほめられもしないのに、なぜいくんだい?」
「わからない……。でもいかずにはいられないんです。わけはあとで考えるよ。いそがなくちゃ。」
「だれがほめなくても わたしだけはしっているよ。きみがえらいやつだってことを。」
少年漫画「パーマン」での主人公の少年パーマン1号とバードマンの会話です。ヒーローとはなんたるかを数コマで描いた、これからも語り継がれていくであろう名シーンです(新装版コミックス表紙の敵たちが本編に全く出てこなかったのも印象深い……)。
皆がパーマン1号のようになれればいいのですが、小池さんは違います。「カイケツ小池さん」の小池さんは世の不正に日々苛立ち、何かあったらすぐにクレームの電話を入れたり勤務中でも仕事をほったらかして投書します。小さなことでもそれが世を正すんだと思っているんです。
そんな勘違い正義漢の小池さんがある時、スーパーマンのようなスーパーパワーを手に入れました。怪力、飛行、透視などができるようになった小池さんは、正義のヒーローを気取ってやりたい放題。ついつい力が入ってしまい人間を殺してしまいます。でも悪人なのですから、殺したっていいんですよ、小池さん的には。
念じるだけで人を殺めることにも気づいた小池さんは、その力を自分を笑ったおばあさんで試します。そして減るもんじゃないしと透視能力で好きな女性を覗きます。終いには「その気になれば世界を破滅させることだってできるんだぞ」といってこの短編は終わります。このねじ曲がった正義がエスカレートして悪人以外の自分にとって邪魔な存在を消していく様はまるで「デスノート」。
お次の「ウルトラ・スーパー・デラックスマン」は「カイケツ小池さん」とは少し設定が変わっているのですが続編のようなものです。
手にしたスーパーパワーを己のために使う小池さん=句楽兼人(くらく けんと)ですが、強大すぎる力に人々は逆らえずに怯えて過ごしています。誰も句楽とは目を合わせようとしません。職場で句楽は待機室長として完全に隔離されています。でもある時、トイレで句楽とばったりあってしまった知り合いは家に招かれ、断ることが出来ず奥さんに泣かれながらも句楽の家へ向かいます。
句楽の一挙一動に怯えながらも会話をしていると、虫の居所が悪いと悪人に対してやりすぎてしまうことや、正義の味方である自分にとよかくいうマスコミは悪者に決まっているからと新聞社やテレビ局を破壊したことなどを聞かされます。そしてテレビに映る可愛いアイドルを電話で呼び出し、逆らえないその子を抱きます。
欲に溺れスーパーパワーを己のために使う句楽は、最終的にガンで死んでしまいます。自己犠牲の精神を持つものこそヒーローだと僕は思うのですが、スーパーパワーを手に入れ誰も自分に歯向かえなくなったら……現実世界でも地位などに置き換えると普通に起こっていることだからエグいです。
強大すぎる力は人々に圧力をかけ怯えさせ、当の本人をも蝕むガン細胞ってことなんですね。ブラックで衝撃的な作品ですが、人間の脆さを描き反面教師的にヒーローとは何かを問うたとんでもない2作でした。
F先生が青年誌で発表した短編をまとめた「藤子・F・不二雄大全集 SF・異色短編」の1巻に「カイケツ小池さん」4巻に「ウルトラ・スーパー・デラックスマン」が収録されています。ぜひ。
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「ドラッグは悪!列の割り込みは悪!」コスチュームに身を包み、世にはびこる悪をレンチでぶっ叩く映画です。現実世界でヒーローの真似事をしたらきっとこうなるんでしょう。
死の臭いがずっと漂うSF少年漫画。こっちの藤子・F・不二雄もヤバイです。